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追悼

(2007-12-08)
「今までも何度もこういうことがあったけど復活してきたさかい、今度もそうじゃないかと思いたいんやけど、念のため連絡しとく」と母から「ミヨコばぁちゃん(母方の祖母の妹)にお迎えがきそう」と連絡があったのがおととい。
大正生まれのミヨコばぁちゃん、誤嚥性肺炎やら骨折やらで入退院を繰り返していたのです。

「再来週の定期テストが終わるまでがんばってって言っておいて」などと返信してみたものの。

「今日明日らしい」と昨日の昼に母から再びメールがきたので、担任の先生にワケを話し、土曜のバイザー会議後に石川に帰る段取りをしました。チューさんも日曜出勤を交代してもらって。



私が生まれる前からずっと私の実家の裏で一人暮らしをしていたバァちゃん、私を猫かわいがりしてくれてました。バァちゃんは夫に先立たれ、血の繋がった子供はおらず和裁で生計を立ててました。鍵っ子だった私は、平日帰宅後や日曜の朝から晩までバァちゃんちで『西☆警察』や『暴☆ん坊将軍』などを一緒に見たものです。おとんが酒に酔って大暴れしてるときはバァちゃんちに逃げ込み、追いかけてきたおとんの前に立ちはだかってくれたものです(ぉぃぉぃ)。妹や従妹がよく「ミヨコバァちゃんは間違いなく椿だけをえこひいきしとる」と怒ってました。
気がきつく、うちのおかんともしょっちゅう小競り合いや喧嘩をしてました。
私が大学生になり、たまに実家に帰るとなぜかバァちゃんが「椿、帰ったんか」と私の部屋を見に来るのです。敷地は同じでも家は離れてるのに、耳が遠くて車の音なんかわからないやろうに、なんでいつも真っ先にわかったんだろ?
口癖は「心臓悪いさかい、いつ死んでもおかしくないんや」でしたけど、長生きしたなあ。
年を取ってヨイヨイになり、ひとりでは危険となってからは改築した私の実家に住んでました。


そんなバァちゃんアルツの気もちょっとありまして、高校卒業後実家を離れた私の顔を真っ先に忘れてしまいました。
でも、気まずそうに笑うんです。




だけど昨晩「8時に息を引き取った」とメールがありました。
そうか、と思いボンと一緒に眠ってしまいました。


また間に合わなかった。
生きてるうちに会えたらと思っていたけど、間に合わなかったらなんかもういいような気がしてしまう。
でもバァちゃんが煙になって骨が残るのを見届けよう。


今になって涙が出てきました。


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Author:chubacca&ぼのりん
チューさん:鋼鉄音楽&アクアリウム&料理好きな臨床工学技士兼主夫、寅年男
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